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名古屋高等裁判所 昭和63年(行コ)9号 判決 1989年2月27日

愛知県岡崎市中島町字本町五五番地

控訴人

足立俊信

東京都江戸川区松島四丁目四三番一三号

控訴人

足立和代

右法定代理人親権者

足立マサ子

名古屋市東区東大曽根町六番八号

控訴人

足立宰

右法定代理人後見人

足立俊信

右同所

控訴人

足立学

右法定代理人後見人

足立俊信

右控訴人四名訴訟代理人弁護士

竹下重人

愛知県岡崎市明大寺町一丁目四六番地

被控訴人

岡崎税務署長

小柳津一成

右指定代理人

秋保賢一

内藤政美

仲田勇

山下純

右当事者間の相続税更正処分取消請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

原判決を取消す。

被控訴人が控訴人らに対し、昭和五九年九月一日付でした昭和五八年四月三日相続開始に係る相続税の各更正処分(但し、昭和六〇年二月一四日付異議決定により一部取消された後のもの。)をいずれも取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加訂正する他、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの主張)

1  医療法人の社員の退社の場合における出資の払戻請求権と、厚生会が解散した場合における社員の残余財産の分配請求権とは同一の性格を有するものであるから、その価額はいずれも被控訴人主張に係る純資産価額方式による厚生会の純資産価額(本件相続開始時において四億九〇万円余)を基準とするのが相当であるというのは明らかに条理に反する。法人解散の場合の残余財産の価額は、資産の現実の処分価額から、現実に弁済された債務の額を控除して算出されるものであつて、被控訴人の主張する純資産価額、すなわち法人の特定時点における資産を、帳簿価額ではなく時価によつて評価し、その合計額から現存債務の額および見込法人税等の学を控除して算出される価額とは、本質的に異なるものである。

2  また、社員の退社の持分払戻請求権を、その出資金額によらず、時価によつて評価すべきものであるとすれば、それは被控訴人の主張する厚生会の純資産価額によつてではなく、また帳簿価額によつてでもなく、事業の継続を前提としてなるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額によるべきである。(中小企業協同組合法に基づく協同組合の組合員脱退の場合について同趣旨の昭和四四年一二月一一日最高裁第一小法廷判決、民集二三巻一二号二四四七頁参照)。

3  右1、2のいずれの場合においても、資産の処分代金の中から、医療法人の業務に中心的役割を果たして来た医師、看護婦等の退職金が支払われなければならず、厚生会の場合においても、その額は、処分価額の二分の一を下ることはないと考えられる。であるとすれば、仮りに被控訴人主張の純資産価額が、継続事業としての処分価額でありうるとしても、相続財産である足立りようの出資払戻請求権の価額は、被控訴人の主張する価額の二分の一以下の価額に落ちることになる。

4  控訴代理人は原審口頭弁論期日において、原判決添付別表五(純資産価額の計算表)については、同表の計算の過程と結果に誤算のないことを認めたにすぎないのであるが、原判決には、控訴人らが被控訴人の主張する厚生会の純資産価額総額が四億〇〇九〇万二〇〇〇円であることは認めた旨事実摘示された。しかるところ、控訴代理人は当審第一回口頭弁論期日において、原審口頭弁論の結果は原判決事実摘示のとおりである旨陳述してしまつた。従つて、当審における右陳述は控訴代理人の錯誤によるものであるから、これを撤回する。

(被控訴人の主張)

1  出資持分の払戻請求権と残余財産分配請求権の法的性質及びその評価について

社員の退社の場合の出資の払戻請求権と解散の場合の残余財産分配請求権は、いずれも出資の払戻にほかならず、厚生会の資産に対する社員の出資持分の顕在化として共通の性格を有することは疑う余地がなく、退社に際して社員が出資の払戻を求める場合に厚生会のその時点における資産を出資持分に応じて払い戻すことになるのは明らかであり、仮に、右出資持分を譲渡するとした場合にその処分価額(時価)が右払戻価額を基準とするものになることも見易い道理である。控訴人らは、これらの点について、主位的主張として出資持分の時価を払込出資額であるとしているが、社員が退社に際して、出資額の払戻を受けるにとどまるとは到底解し難く、右控訴人らの主位的主張が不合理であることは明白である。

また、被控訴人らは、解散の場合の残余財産の価額は、当該法人の資産の現実の処分価額から現実に弁済された債務の額を控除して算出されるものであつて、被控訴人が主張する純資産価額とは本質的に異なると主張している。

しかし、相続税法二二条は「相続、遺贈又は贈与に因り取得した価額は、当該財産の取得の時における時価により」評価すると規定しており、「時価」の意義については、「課税時期における当該財産の客観的交換価値、すなわち、一般的にいえば、課税時期において不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」である。これを換言すれば、「時価」とは当該課税時点での処分価額にほかならないところ、被控訴人の主張する厚生会の純資産価額は、既に資産科目ごとに当該課税時点で自由な取引が行われたと想定して通常成立すると認められる処分価額を算出し、その合計額から当該時点での負債の総額を差し引いたものであるから、当該課税時点における厚生会の処分精算価額と一致するというべきであり、これは、当該法人が解散された場合の残余財産価額とその本質を異にするものではないと解される。すなわち、被控訴人主張の純資産価額と解散時の現実の残余財産価額が異なるとしても、それは、その評価の時期を異にする以上当然のことであつて、評価・算出の基本的構造には何ら異なるところがないというべきである。

2  当該法人の事業の継続を前提とする一括譲渡価額を基礎とすべきであるとの主張について

被控訴人らは、社員の退社の持分払戻請求権を、その出資金額によらず、時価によつて評価すべきものであるとすれば、それは厚生会の純資産価額によつてではなく、事業の継続を前提としてなるべく有利に一括譲渡する場合の価額によるべきであるとして、最高裁昭和四四年一二月一一日第一小法廷判決を引用しているが、右主張は失当である。

すなわち、控訴人らが引用する右最高裁判例は、中小企業等協同組合法に基づく脱退組合員の持分払戻請求事件における判断であり、本件の先例となるか否か疑問であるし、「事業の継続を前提としてこれを一括譲渡する場合の価額」といつても、実際にその算定はきわめて困難であり、結局、個別財産の時価の総額を基礎とせざるを得ないと思われるところ、同判決は、帳簿価額によるべきであるとする上告人の主張を排斥しているほか、それ以外に特に一括譲渡する場合の評価方法について何ら触れておらず、組合財産を個別財産の時価の総額とすることを否定する趣旨とは解し難く、同判決も通常の時価評価の方法によるとしているものと解される。しかるに、被控訴人は、まさに個別財産について、それぞれ時価評価をして純資産価額を算定しているものであるから、同判決の趣旨に反するものではなく、控訴人らの主張は理由がない。

右のとおり、医療法人の財産を事業の継続を前提として一括譲渡する場合の価額といつても個別財産の時価の総額として評価・算出せざるを得ないと思われるところ、結局、控訴人らの右主張は、「一括譲渡する場合の価額」を個別財産の時価の総額よりも低い特別な価額とするものであつて、かかる解釈は、医療法人の財産を時価よりも低い価額で評価することにほかならず、時価評価の原則に反するといわざるを得ない。

3  医師・看護婦などの退職金の評価について

控訴人らは、厚生会の解散時における医師・看護婦などの退職金を考慮すれば、本件出資払戻請求権の価額は、被控訴人主張額の二分の一以下となる旨主張しているが、二分の一以下になることの数額的根拠が示されていないし、前記2で述べたとおり、本件においては、当該課税時期、すなわち、被相続人の死亡により相続が開始した時点における出資持分の時価評価が問題となつているのであり、厚生会の将来における解散を仮定とする医師・看護婦などへの退職金支払の存在をもつて、現況における純資産価額による評価方法の合理性を否定する理由とはならないのである。

4  控訴人らの陳述撤回については異議がある。

第三証拠関係

本件記録中の原審における書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人らの請求は失当であるから、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は次に付加する他、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  控訴代理人は、当審第一回口頭弁論期日においてした「原審口頭弁論の結果は原判決事実摘示のとおりである。」との陳述を撤回するというのであるが、この趣旨は、原判決の事実摘示欄において「本件課税基準時である亡りやうの相続開始時における厚生会の純資産価額を計算すると、別表五の<リ>のとおり、四億〇〇九〇万二〇〇〇円となる。」との被控訴人の主張事実を控訴人らが認めた旨摘示されているのは誤りであること、また、当審における前記陳述で控訴人らが右の被控訴人の主張事実を認めたことになるとすれば、この答弁を撤回するというものであると解される。

そこで、検討するに、たしかに控訴代理人は昭和六一年一〇月一三日付準備書面において「相続財産の評価額が被控訴人主張のとおりであるとすれば、本件相続税の計算の順序、方法、算出税額が被控訴人主張のとおりであることは争わない。」と述べ、同六二年四月一三日付準備書面では「本件相続時における厚生会の純資産価額が、被控訴人主張の相続税財産評価基準に従つて計算すれば、被控訴人の同六一年一二月一日付準備書面添付の別表(原判決別表五)のとおりであることは争わない。しかし、現実に換価不能である借地権を時価評価で計上し、換価困難な土地、建物も時価評価することは実情に即応せず、本件払戻請求権を過大なものにする。」と述べ、更に、同六二年五月二二日付準備書面では、「前記準備書面記載の『争わない』とは算術的計算に誤りがないとの趣旨である。」と説明している。しかし、以上の経過を踏まえた原審第一六回口頭弁論期日で、控訴代理人は「純資産価額の計算が、被控訴人提出の昭和六一年一二月一日付準備書面添付の評価法人の純資産価額の計算表(原判決添付別表五)のとおりであることは認める。」と釈明し、これをうけて原審は、厚生会の純資産価額について格別の立証を促すことなく結審し、原判決に前記のとおり事実摘示し、ついで、控訴代理人は当審第一回口頭弁論期日において右原判決の事実摘示を前提に、前記のとおり原審口頭弁論の結果を陳述したものである。

これら一連の経過を通してみれば、原判決の事実摘示に誤りはないのであるが、仮に、これが控訴人らの主張を正解しない不適切な摘示であつたとしても、控訴人らは、当審第一回口頭弁論期日を控えた段階では、「亡りやうの相続開始時点における厚生会の純資産価額が四億〇〇九〇万二〇〇〇円である」ことを認めたものとみるのが相当である。とすれば、この点は控訴人らに不利益な主要事実を認めたもので裁判上の自白が成立するのであり、控訴代理人のいう撤回は結局自白の撤回の申立ということになるのであるが、この自白が真実に反するとの証明もない以上、これを撤回することは許されないところである。

2  控訴人らは、社員の退社による持分払戻請求権を時価によつて評価するべきものであるならば、事業の継続を前提としてこれを一括譲渡する場合の価額によるべきであると主張する。しかるところ、この主張の趣旨は必ずしも明確ではないのであるが、控訴人らのこれまでの各主張に照して検討すると、帰するところ、厚生会の資産額を同会の個別財産の総額よりも低く抑えるべきであるとするものであつて、これは相続税法上の時価評価の原則に反するものである。また、引用の判例も本件に適切でなく、控訴人らの右主張は採用の限りではない。

3  医師や看護婦などの退職金評価の点についても、これが資産の処分価額の二分の一であるとの根拠も判然とせず、その主張するところは独自の見解であつて理由がない。

二  よつて、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 宮本増 裁判官 谷口伸夫)

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